2012年8月26日日曜日

「真珠」の美しき輝きは「アコヤ貝」の涙であろうか?


「月のしずく」とも称せられる「真珠」。

それは、「貝」の生み出した「偶然の産物」であった。




硬い殻に覆われている貝であるが、じつはタコやイカと同様、「軟体動物」。硬い殻の中にある彼らの本体は「グニョグニョ」。

その脆弱なグニョグニョの本体を防護するために、鎧のような硬い殻をその身にまとっているのである。



しかし、グニョグニョの本体は硬い殻(鎧)とこすれ合うと、とても痛い。

この不快さが何とかならぬかと編み出したのが、「真珠層」と呼ばれる柔らかいインナーである。

幸いにも、軟体動物の血液には「カルシウム」が豊富であり、それを結晶化させれば、ほどよい柔軟性をもった膜を作ることができたのだ。



結晶化させたカルシウムを、せっせとタンパク質で繋ぎ合わせて作ったのが「真珠層」。その真珠層は外界の光を反射すると、キラキラと虹色に輝いて見えた。

こうした「真珠層」を持つ貝は数多い(貝殻の裏側がキラキラと輝く貝を思い起こして頂きたい)。




その真珠層が丸く結晶したモノこそが、人類の愛してやまない「宝石」となるわけであるが、天然の状態で丸い結晶が見つかることは極マレである。

その確率は1000分の1程度と言われており、しかもマン丸ではなく「イビツな形」であったりもする。






それもそのはず、当の貝本人にとって、丸い真珠など全く必要ない。

より必要としたのは、硬い殻と柔らかい本体のクッションとなってくれるインナー(真珠層)なのであり、より重要なのはその輝きよりも「機能性」なのである。

キラキラと輝いて見えたのは偶然の産物にすぎない。たまたまカルシウムとタンパク質のつなぎ目を光が反射しただけである。



ところが、美に敏(さと)い人間たちが目をつけたのは、その「輝き」に他ならない。

そして、たまたま丸く結晶化した真珠を、「人魚の涙」と涙を流して有難がったのである。

※真珠層が貝の体内で丸く結晶化するのは、真珠層を生み出す「外套膜(俗に言う”貝のヒモ”)」の一部が、偶然ちぎれて体内に紛れ込むからである。

かつての日本に君臨したという卑弥呼(邪馬台国)の後継者・台与(いよ)は、中国(魏国)の曹操に、真珠(白珠)5000を送ったとも(魏志倭人伝)。



真珠の「養殖」が始まるのは、11世紀の中国と言われている。

真珠の「核」となる物質を貝の中に埋め込み、その核の周りを真珠層によって輝かせたとのことである(仏像真珠)。



そして、その養殖技術を産業の域にまで高めたのは、我らが日本人「御木本幸吉」。

彼は明治天皇に拝謁した際、こう公言したと伝わる。

「世界中の女性のクビを、真珠でしめて御覧にいれます」




当時の御木本は、いまだ養殖技術の確立に苦慮していた最中であったというが、その後、見事にその言葉を現実のものとしている。

そして、彼の創業したミキモトは現在、真珠販売のシェア世界一を誇る。まさに、世界中の女性のクビは、御木本幸吉によってしめられたことになる。




とはいえ、日本の養殖真珠の道のりは、順風満帆ばかりではなかった。

最大の危機は、バブル崩壊後の1990年代に訪れた。それは経済的な危機ばかりではなく、真珠を産する「アコヤ貝」の生命の危機であった。



真珠の母貝たるアコヤ貝を襲ったのは、「赤変病」という感染症である。

病気に感染したアコヤ貝は、その身を赤く染めて死んでいった…。

その原因は、海水温度の上昇とも、河川の富栄養化とも言われているが、この時期、日本原産のアコヤ貝のほとんどが死滅してしまったのだと言う。




瀕死の状態に陥った養殖真珠の生産を支えたのは、「中国産」のアコヤ貝であった。

より南方の海で育つ中国産は、海水温度の上昇に強かった。その死亡率は14%以下に過ぎなかったという。



日本のアコヤ貝も強くできないか?

必死の想いで強い種の交配を続けていった結果、「貝柱」が大きいほど抵抗力が強いということが判ってくる。

「閉殻筋」とも呼ばれる貝柱は、この力が強いほど殻を閉じる力が強く、生命力も強かったのだ。

殻の閉じる強さを計測し、その選抜された貝を掛け合わせていった結果生まれたのが、スーパーアコヤ貝であり、赤変病による死亡率は20%以下にまで下げることに成功している。




たまたま貝の中に紛れ込んでいた「小さな光る破片」は、いまや世界中で知らぬモノはないほど、世界中に散らばっている。

その立役者となったのが、日本人による養殖技術でもあった。



しかれども、当のアコヤ貝の想いやいかん?

体内に埋め込まれる「核」は「異物」でもあるために、アコヤ貝はそれを吐き出そうとする。

吐き出されては堪らんと、人間はアコヤ貝の抵抗力を意図的に弱めて、吐き出す元気を奪って、その体内で宝石を作らせた。

※飼育初期の段階で、他の貝とともに密集させて飼育することで、アコヤ貝の免疫力を低下させることができる。




その抵抗力を奪い過ぎてしまったからか、一時は「全滅」かという危機にも瀕した。

それゆえ今度は、意図的に抵抗力を高め、もっと効率よく真珠を生産できるようにアコヤ貝は改良された。



軟体動物であるアコヤ貝は、我々人間(脊椎動物)よりも「原始的」である。

そのため、その免疫抵抗も原始的であり、人間ほどに他を拒絶することはない。何度も何度も同じことを繰り返すことで、敵は敵でなくなり、いずれは受け入れていくことになる。

その身の柔らかさのように、他者の受け入れに対しても極めて柔軟なのであり、そのアコヤ貝の包容力が、真珠という奇跡を生むのである。



視覚を持たないアコヤ貝は、自らの生み出す美しさに気づくことは一生ない。ただただ他を利するのみである。

すべてを受け入れ、ただ他を利する。なんと気高い美しさであろうことか。

しかし、歴史を見れば、そこには哀しさもあった。アコヤ貝の真珠が本当の「涙」となった時代もあったのだ。






出典:いのちドラマチック
「アコヤガイ 宝石をもたらす生命」


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