2012年7月21日土曜日

「気まま」な羊と「勝手」な人間


「羊」の「毛刈り」は大変な重労働だ。

大変すぎて、オーストラリアの毛刈り職人は、ここ20年ばかりで3分の1にまで激減してしまっているのだという。



そこで開発されたのが「毛刈りロボ」。

しかし、これほど使えないロボットもなかった。毛を刈るのに「時間がかかりすぎた」のだ。

腕のよい職人ならば一日で100頭以上もの羊の毛を刈るというが、このロボットは人間の5倍以上の時間がかかってしまう。





機械がダメなら、今度は「薬品」だ。

「EGF」というタンパク質を羊に注射すると、あら不思議。毛糸のセーターでも脱ぐように、羊の毛がスルリと全部脱げてしまうではないか。



「EGF」には一時的に毛の発育を止める作用があるため、注射された時だけ、毛根の活動が一時停止する。

その停止したところで毛が切れるため、その「切れ目」が体表にでて来た時(およそ1ヶ月後)に、全ての毛がスルリと脱げるのだ。まるでミシン目でも切り取るかのように。




しかし、この薬品は「高すぎた」。羊一頭あたり150万円もかかってしまうのだ。

「EGF(上皮成長因子)」というタンパク質は、誰の身体にもあるモノ(肌・唾液・母乳などに含まれる)でありながら、長らく大変高価なモノだった。

というのも、大量に抽出することが大変に困難だったのである。

※EGF(Epidermal Growth Factor)を発見したスタンレー・コーエン博士は、1986年にノーベル医学生理学賞を受賞。医療分野では皮膚の再生(ヤケドなど)、美容分野ではスキンケアの化粧品として使用されている(加齢とともにEGFの分泌量は減る)。




世の中には、様々な「微生物」が存在するが、彼らの中には「EGF」を大量に生産する微生物も存在した。

その微生物を発見したのは、日本のある醤油メーカー。「醤油」自体が微生物の力を活用して作るものであったため、醤油メーカーでは微生物の研究が日夜行われていたのである。



微生物を探すための土壌サンプルは、全国2,000ヶ所以上から集められたというが、EGFを大量生産する稀有の微生物は、なんと自社工場の裏庭にいた。

この微生物(ブレビバチルス・チョウシネンシス)の発見により、羊一頭あたりに要するEGFの費用は100円程度にまで大きく値下がりし、また、女性のスキンケア化粧品としても大いに普及することになった。



羊の毛刈りが醤油につながるとは…。

ちなみに、その醤油メーカーがあった「銚子(千葉県)」の地名が、微生物の名前の中に見られる。ブレビバチルス・チョウシ(銚子)ネンシス。




家畜としての羊の歴史をさかのぼれば、それは8,000年もさかのぼらなければならず、そしてそこに出てくる羊は、立派なツノをもったウールの少ない羊「ムフロン」である。

地中海のコルシカ島やサルジニア島の山岳地帯に暮らしていたというムフロンは、厳しい寒さに耐え抜くために、冬期間だけ限定で柔らかい「ウール」をその身にまとっていた。



ケンプと呼ばれる元々の毛は、身体を守るための鎧のようで、ゴワゴワとした短い剛毛であったが、冬のウールばかりはフワフワと気持ち良かった。

大昔の人類は、それを「拾って」再利用したのだ(そのウールは春になると抜け落ちる)。




いずれ家畜化されて、一年中ウール100%になる羊たちであるが、もともとのムフロンが持っていたウールは体毛の10%程度に過ぎなかったのだという。

できるだけウールが多い個体の交配を続けた結果、現在のような羊たちが誕生することになるわけだが、それは野生の選択ではなく、人間の「都合」による選択だったために、それなりの問題をも内包することになる。



ある種の羊の毛はあまりにも伸び過ぎるために、暑くて死んでしまったり、雨に濡れると重くて動けなくなったり…。

人間が定期的に毛を刈り取ってあげないと、生命に危機が迫る種もあるのである。



2004年にニュージーランドで発見された羊「シュレック」は、毛むくじゃらすぎて毛糸玉のようになっていた(通常の3倍サイズ)。その羊は毛刈りから逃れて山野をうろついていた羊であった(放浪生活6年間)。

当然、そのままでは生きていけなかったであろう。顔中を覆う毛によって、シュレックはすでに前も見えない状態であったという。

そのモコモコの毛を6年ぶりに刈り取ってみれば通常の実に6倍、30kg近い羊毛であった。まさに自身の体重に匹敵するほど重たい羊毛を身につけていたことになる。

Source: cnn.com via Sheila on Pinterest



人間の「勝手な都合」は、ある面で羊を苦しめている。

そしてさらには、人間自らをも苦しめようとしている。



最近問題視されるようになったのが、羊の「ゲップ」による地球温暖化である。

羊のゲップには「メタンガス」が含まれ、そのメタンガスは二酸化炭素の20倍以上の温室効果ガスなのだという。



羊がメタンガスをたくさん出すのは、いったん消化した草を再び口まで戻して噛み直す「反芻(はんすう)」という行為によるものだとも言われる(草食動物の多くは反芻する)。

ここで皮肉なのは、羊が消化しやすいようにと人間が改良した牧草(消化率が高い)を食べさせるほど、羊は大量のメタンガスを出してしまうということだ(時には野草の2倍にも)。



現在、全世界に飼われている羊は「11億頭」とも言われている(人類総数の15%に相当)。日本人よりもはるかに多く、中国人にまで迫る大勢力である。

それらの羊が発するメタンガスの量も少なからぬものがあるのは確かなことである。ちなみに、牛のゲップやラクダのゲップも同様に問題視されている。



人類は自らの「勝手」で、多種多様な動植物を生み出してきた。

それらの中には、自然界では決して発生しなかったであろう種も多数いるであろう。自分の毛が伸びすぎて死んでしまうという羊が、自然界で生き抜いていけるとは到底思えない。



「勝手気まま」という言葉がある。

この言葉は「勝手」と「気まま」がくっつているが、「勝手」と「気まま」の意味合いは根本的に異なる。

「勝手」が他人の迷惑を顧みない行為であるのに対して、「気まま」は基本的に他人に迷惑をかけない。



「勝手気まま」という言葉をを一見する限り、「勝手」と「気まま」の間には何の隙間もないように見える。

しかし、その隙間は予想以上に広く、その間には多数の他者が巻き込まれているのである。



勝手が過ぎれば、それは他者のみならず自らをも害しかねない。

家畜の羊が増えすぎて、地球全体の温室効果が高まるという図式はその例であろう。



かと言って、他に干渉することなく生き抜くこともできない。

「勝手」と「気まま」の狭間(はざま)。

そんな間合いこそが大切なのかもしれない。



「気まま」な羊と「勝手」な人間。

なんともデコボコな「メ~」コンビではあるまいか。







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出典:いのちドラマチック 「ヒツジ ヒトと歩んだ8千年」


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