2012年7月22日日曜日

遺伝子を解析し終えた人類。そして、その後…。


「リース」は生まれた時から、「免疫システム」が正しく機能しなかった。

「風邪をひいただけでも命を落とすかもしれない」と言われた両親は、「1歳の誕生日を迎えるのがやっとだろう」と覚悟していた。

頼みの綱だったのは「骨髄移植」のみだったのだが、不幸にもなかなか適合者が見つからず、その道は諦めざるを得なかった…。



あれから9年。

9歳になったリースは元気に走り回っている。

生まれつき欠陥のあった免疫システムは、今では強く健康だ。



9年前のあの日、たった30分の治療がリースを生まれ変わらせたのだ。

それは「遺伝子治療」。

変異した遺伝子に代わる「正常な遺伝子」を骨髄に注入した結果、リースの免疫システムは正常化したのだ。

Source: wired.com via Lauren on Pinterest



絶望していた両親は、跳ね上がらんばかりに驚喜した。

「まるでイングランドの強いサッカーが復活したみたいだったよ!リースが復活したんだ!」





9年前と言えば、医学界にある金字塔が打ち立てられた年でもある。

それは「ヒトゲノム(人の遺伝子)」の解析完了である(2003)。



リースは幸いにもその恩恵に預かったのだ。

こうなってみると、骨髄移植の適合者が現れなかったのは、むしろ幸いだった。そのお陰で、リースの両親は「新しい治療法」にチャレンジするという勇気ある決断を下せたのだから。

そして、リースは「幸せな成功例」となったのだ。



「ヒトゲノム計画」は30億ドル(当時のレートで4500億円)もの大金を投じられて、1990年にアメリカでスタートした。

予定よりも2年早い2000年には、その下書き(ドラフト)が完成し、、2003年には完成版が公開された。

そこには「ヒトの遺伝子の99%の配列が99.99%の正確さで含まれている」とされている。

※遺伝子がDNAに存在し、それらが2重ラセンの構造をしていると分かったのは、1953年。すると人類は、その構造を明らかにしてからわずか50年で、30億以上あったその配列一つ一つを正確に分析し終えたことになる。




時は21世紀に突入したばかりで、この朗報は人類に大きな希望を与えた。

トニー・ブレア元イギリス首相は「医学の革命」であると賞賛し、ビル・クリントン元アメリカ大統領は「病気の治療法が大きく変わる」と謳いあげた。



「錠剤を飲むだけでガンが治る世界」

「注射一本であらゆる病気が治療できる世界」

人々はそんな未来を夢想した。



あれからほぼ10年。

確かにリース少年のような幸福なケースはあった。

しかし、その治療法はまだまだ道の途上にあることを認めざるを得ない。



「嚢胞性線維症」を患うソフィーは、肺にタンが絡むという遺伝子疾患を持っている。「CFTR」という遺伝子がわずかに変異しているのだ。

遺伝子の疾患だけに、その治療は遺伝子療法が期待されるのだが、「肺」という器官のもつ特性がその治療を困難にしている。

外界と直接接点をもつ肺は、外部から送り込まれる「正常な遺伝子」を異物と判断するため、それらを受け入れてくれないのだ。



ソフィーには時間がない。

タンが取り切れなくなるのが早いか、医学の進歩が早いか…。

彼女は走り続ける。走ると咳が出るのだが、そのお陰でタンが外へ出せるのだ。彼女は医学が追いついてくれるまで走り続ける…。



別の女性・エマは「BRCA1」という遺伝子に欠陥がある。

そのため、ガンにかかりやすい。彼女の母も祖母も、若くしてガンで亡くなっている。



彼女が最も悩んだのは、子供を産む時であった。

「この遺伝子の欠陥を、次代に受け渡しても良いものか?」



深く悩みながらも、彼女は子供を産む道を選んだ。

彼女は賭けたのだ。医学が進歩し、彼女の子供が大人になる頃には、遺伝子が正しく修正されることに。



トムの問題はアルコールだ。

飲まずにはいられない。ひどい時には一日で10リットルものビールを飲んでしまう。

そんな荒んだ彼の心を安らかにしたのは、一匹のネズミであった。



そのネズミは「アルコール・マウス」と呼ばれるネズミで、水よりもアルコールを好んで摂取する。

何のストレスもない状態に置かれていても、水よりもアルコールを選ぶ。そして、人間で言えばウイスキーを2瓶も空けるほどに飲む。

それは遺伝子に異常があるからである。



トムは15年間もアルコール依存症で悩み続けたが、たった15分間、このネズミを見ていただけで、それまでの悩みが氷解していった。

自分だけがダメなのではなかった。もともと遺伝子が違っていたのだ。




人間の遺伝子の全貌になってから、およそ10年。

その治療法は、人々の期待通りには進まなかった。実際に薬が開発されるまでには最低でも15年はかかる。早くとも、あと数年は待たなければならない。

遺伝子の地図は明らかになっても、そこを旅するにはまだまだ時間と経験が必要なのだ。



どれほど詳細な世界地図が存在したとしても、それを見ているだけでは世界を知ることに直接はつながらない。

そこには多種多様な人々が暮らし、異なる考え、異なる行動が幾多とあるのだから。



それと同様、ゲノムの「解析」イコール「解決」ではなかった。

10年前に新しい時代が訪れることを「期待」した人類は、いまその「実現」を切望している。

ソフィーも、エマも、トムも、新しい治療法にすがるしかないのである。



そんな彼ら彼女らは信じている。

「未来はそう悪いものではないはずだ」、と。



実際、人類の歩みは着実に進んでいる。

ただ最初の期待が大き過ぎたため、その歩みが遅く感じられているのかもしれないが…。




遺伝子医療革命
―ゲノム科学がわたしたちを変える



出典:BS世界のドキュメンタリー シリーズ
 医療研究の最前線 「奇跡の治療法を求めて~ヒトゲノム解読の成果は?」


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