人間は食べなければ死んでしまう。
しかし、食べ過ぎても病気になるかもしれない。
先進国においては、どちらかというとその「過食」の方を心配しなければいけないだろう。
ここに一つに提案がある。
それは「絶食(断食)」。
この究極とも思える選択に惹かれる人々は、積極的というよりも、むしろ消極的な理由であることも多い。絶食療法を選ぶ人々はたいてい、一般的なお医者様から見放されてしまった人々たちだからだ。
時は1918年、リューマチ熱にかかった彼は、車椅子での生活を宣告されてしまった。
しかし、「2度の絶食」で劇的に回復。それ以来、彼は「治療法」としての絶食を探求し、クリニックを創設した。それがドイツの「ブヒンガー・クリニック」であり、現在では創設して60年以上の長き歴史を誇る。
※なんとドイツ国民の15~20%がすでに絶食療法を経験済みだとか。
国際的な評価の高いブヒンガー・クリニックを訪れる人々は、毎年2,000人。
深刻な病の人もいれば、体調管理のために毎年訪れる人もいるらしい。
銀行員としてヨーロッパを飛び回っていたバール氏は、出張のたびに饗される脂肪分の多い食事とアルコールのせいで、血液検査の結果は最悪だった。
そこで彼は絶食療法を勧められるわけだが、さすがに抵抗感を隠せない。
「私はグルメなので、3週間も何も食べず、一杯のワインさえ飲めずに一日中腹を空かす絶食なんて…、できるとは思わない。」
※ブヒンガー・クリニックの絶食治療プログラムは1~3週間。
絶食で一番大変なのは、最初の2、3日。
これは「アシドーシス」と呼ばれる時期で、血液が酸性になって、頭痛・吐き気・疲労感などの不快な症状が襲ってくる。
医師によれば、「ツラい症状が出るのは、身体が劇的な変化を受け入れる代償」ということになる。辛いが幸いにも、この期間は一時的なもので、普通24~36時間で収まるのだという。
※アシドーシスの期間は、尿の酸性度をチェックしながら、危険のない健康管理を行う。ブヒンガー・クリニックでは、このツラい最初の数日を乗り切るために、一日2回、スープかジュースが提供される(一日250kcal)。
この最初にして最大の山場を越えると、極端な空腹感は収まってくると体験者たちは口をそろえる。
この「排出・解毒」の期間を過ぎれば、「自浄作用によって身体の中がキレイになり、体調もドンドンよくなっていきます」
※身体の中がクリアーになるからなのか、絶食には「覚醒作用」も認められる。絶食一週目に意識が鮮明になるのである。
銀行員のバール氏は、見事プログラムを終了。
しかし、ここで気を抜いてはいけない。絶食後、不用意に食べてしまうと、今までの苦労の効果が台無しになり、非常な危険な事態を招くことすらある。
食べ物から遠ざかっていた身体を、「徐々に」食べ物に慣らすことが重要であり、この食事の再開は厳重に管理されている。
初めての絶食治療の後、バール氏の肝臓の大きさも血液検査の値も正常に。
気を良くしたバール氏は、身体をリセットするために、毎年ここを訪れるようになったという。
「絶食はみんなが思っているようなものとは『正反対』です。
体力を消耗するのではなく、完全に『浄化される感じ』がします」
絶食の効用を説く人々がいる一方、その危険性を指摘する人々もいる。
食を断つと、身体は体内のタンパク質を食べ始める。そのタンパク質は主に「筋肉」から供給されるのだが、心臓も筋肉であるために、タンパク質の半分を消費してしまえば死に至る、というのである。
それではここで少し、そのメカニズムをのぞいてみよう。
人間を支えるエネルギー源は主に3つ。ブドウ糖・脂質・タンパク質である。
ブドウ糖は主たるエネルギー源であるのだが、一番「もち」が悪い。一日も絶食すればスッカラカンになってしまうのだ。お腹ペッコペコである。
そこで、次はタンパク質からブドウ糖を作り出す。この時、筋肉に蓄えられたタンパク質が使われることになる。
と同時に、脂質からもブドウ糖の代わりを作り出す(ケトン体)。このケトン体は体内の分解工場たる肝臓で、脂肪を分解して作られ、主に脳ミソにエネルギーを供給する。
絶食の危険を叫ばせる「タンパク質」の減少。
確かに食を絶てば、タンパク質は消費される。しかし、ここで注目すべきは、同時に「脂質(脂肪)」も消費されていることである。
はたして、このタンパク質と脂質の消費のバランスやいかに。
ここで遠路はるばるご登場願うのは、絶食の大先生「皇帝ペンギン」である。
南極大陸に暮らす皇帝ペンギン。彼らは氷の上で「絶食」をする奇妙な鳥なのだ。
メスが卵を産んだ後、それを温めるのはオスの役目となる。
極寒の南極で4ヶ月間。オスは大事な卵を立ったまま股に挟んで、吹き荒ぶ寒風に耐え忍ぶ。か弱い卵は、ほんの少し寒風が当たるだけでも凍てついてしまう。
この屹立の4ヶ月間、オスの皇帝ペンギンは何も食べない。これは苦行を好んでいるわけではなく、ただ単にエサがないのである。
エサを取りに行くのは卵を産み終えたメスの役目で、彼女は海まで出掛けており、エサを獲って帰ってくるまでに往復で4ヶ月もかかるのだ。
さあ、修行僧のように立ち続ける皇帝ペンギン(オス)の体内では、どんな生存の知恵が展開されているのだろうか?
身体が蓄えていた「ブドウ糖」は、当然一瞬で尽きる。その次はセオリー通りに、タンパク質と脂質の出番である。
タンパク質の減少は生命維持の致命傷ともなりかねないため、極力「節約」して使われる。その代わりにできるだけ、脂質を使おうとするのだ。
皇帝ペンギンは、最大で100日間、脂質を分解しながら難を凌ぐ。
しかし、脂質が残り20%を切ると、タンパク質を使わないわけにはいかなくなる。しかし、先述した通り、タンパク質はその半分が失われた時、死に至る。
皇帝ペンギンのオスが耐え忍ばなければならないのは、4ヶ月、つまり120日。
脂質が何とかもつのは最大100日間。すると、最後の20日間は、タンパク質が尽きるのが早いか、それともメスがエサをもって登場するのが早いかの「せめぎ合い」となるわけだ。
歴史上で皇帝ペンギンが生をつなぎ続けてきた事実は、強きオスたちがこの「せめぎ合い」を制してきたからに他ならない。
皇帝ペンギンの場合、絶食期間中のエネルギー供給は、そのほとんどが脂質からで(96%)、タンパク質はたったの「4%」しか使われていなかった。つまり、生命維持に不可欠なタンパク質はほとんど消耗していなかったのである。
ところで、絶食に耐える能力は皇帝ペンギンだけに備わったものなのだろうか?
極限状態におかれた時、他の動物たちは皇帝ペンギンが見せる「火事場の馬鹿力」を発揮することができないのだろうか?
そんな疑問を抱いたルマン研究員は、さっそくラットで実験をした。
すると、驚いたことにラットの体内で見られた変化は、皇帝ペンギンのそれと瓜二つ。巧みにタンパク質の消耗を抑え込んでいたのである。
この研究により、飢餓を生き延びるための絶食のメカニズムは、動物全般に備わっている可能性が見えてきた。
もし、人間にも同じ能力が備わっているのだとしたら…?
身長170cm、体重70kgの成人には、およそ15kgの脂肪が蓄えられており、この脂肪の量は健康な人が「40日間」生存するのに十分な量ということになる。
※倫理的な理由から、人体を使った臨床試験を行うことはできない。
地球に生命が誕生してからというもの、今の人類ほど食に不自由していないのは、極めてマレな状況である。
一般的に、外部のエサが尽きることは、むしろ日常茶飯事であり、そうした飢餓状態に耐えられなかった種は、すでにバトンを渡し損ねているだろう。
「進化の歴史の中で、その種が生き残れるかどうかは、絶食できる期間の長さによって決まってきた」といっても過言ではない。
人類の歴史の中でも、「規則正しく食事をし、冷蔵庫にタップリと食糧があるという今日の人間の暮らしはマレな状況」である。
そうした観点から見れば、「人間の身体は絶食よりも、むしろ『飽食に耐え切れない』」ともいえるのかもしれない。数時間ごとに毎食毎食、常に食べ続けるという食生活によって、人体に異常が生じることもあるのだか。
絶食は、飽食に慣れた人間が忘れてしまっている「遺伝子の記憶」を呼び覚ますのかもしれない。
忘れやすい人間の頭はスッカリ忘れていたとしても、長い長い目を持った遺伝子は、はるか昔の飢餓の記憶をしっかりと覚えているのだろう。
絶食状態に置かれた人間の遺伝子は、「常ならぬ行動」に出る。非常事態宣言である。
遺伝子発現、つまり細胞の機能を決めるメッセンジャーRNAがその非常を報せるのだ。
すると、ある部分では発現が活発になり、またある部分では通常よりも発現が抑えられる。そうして、全体としてとった体制は、「守りそのもの」である。
それは、まさに「古代の記憶」を呼び覚まされたかのような「急激な変化」であり、頼もしい反応でもある。遺伝子たちにとって、いまだ絶食は「想定外」では決してないのである。
「守りの体制」をとった細胞たちは、一気にその強さを高めてくる。
ここに、絶食させたマウスの強靭さを示す実験がある。
毒素の中でも最も毒素の強いものに「化学療法剤」があり、それはガンをも殺してしまうほどに強力である。その強力な化学療法剤が許容量の3~5倍もマウスに投与された。
一方のマウスは通常通りのエサをもらい続けたグループ、もう一方のマウスは48時間(丸2日間)絶食させたグループである。
その結果は…。
絶食グループのマウスは全員生きている。かたや、いつも通りにエサをもらっていたマウスたちは…、「みんな死んだわ」。
死んだ方のマウスたちは、見るからに具合が悪そうになって、動かなくなってしまった。詳しく調べてみると、脳にも心臓にもダメージがあった。
絶食グループはただ生き延びだだけではない。いかにも健康そうで盛んに動き回っている。そして、その毛並みはツヤツヤだ。身体の組織も破壊されていなかった。
人間のガンの治療にも、こうした毒性の強い「化学療法剤」が用いられるわけだが、それはある意味「乱暴」である。
その薬剤はガン細胞だけを攻撃するのではなく、「急速に成長するものなら何でも」攻撃してしまうからだ。
こうした中、いかにガン細胞へのダメージを最大化し、いかに正常な部位へのダメージを最小化するかが、大きな課題なのである。
絶食マウスが化学療法に耐えてなお健康だったことは、一筋の光を見せてくれた。
たった2日間の絶食が、体内の正常な細胞に「守りの体制」をとらせ、毒素の攻撃を見事に跳ね返したのだから。
しかし、もしガン細胞も同様に「守りの体制」をとるのであれば、ガン細胞も生き延びてしまうのではないか?
幸いなことに、ガン細胞は守りの体制は得意ではないようだ。というのも、ガン細胞の遺伝子は突然変異によって誕生したものであるため、通常の細胞がもつ「古代の記憶」を有していないのだ。
ガン細胞はいわば強いだけの「成り上がりモノ」。負け戦をも知る歴戦の勇者ではなく、たった2日間の絶食で根を上げてしまうのである。
化学療法には滅法な強さを見せるガン細胞も、絶食というブドウ糖の少ない環境は苦手なのである。
今ではガン治療にも光を見せる絶食療法であるが、その光は製薬業界に暗い影を落とす。
絶食療法が注目を集めれば、現在ヘルスケア市場をほぼ独占している医薬品の売り上げが減ることになる。となると、製薬業界の抵抗は必至。
それでも、人々は絶食療法を求める。なぜなら、彼らは製薬業界の薬に見放されてしまった人々なのだから。
ベルリンにある欧州最大級の公立病院には絶食療法専門のフロアが作られ、すでに10年になる。社会保障の対象ともなっており、毎年500人以上が受診し、時には希望者が多すぎて、診療を断るほどであるという。
例えば、慢性化した気管支喘息は、従来の医学では完全に治すことができない(一時的に緩和する方法はあるが…)。
ところが、12日間の絶食がこの気管支喘息を完治させたという実例が、ロシアにある。オシニン教授は気管支喘息の専門家で、40年間、およそ一万人の患者を絶食療法で治療してきたのである。その間、事故は一つもないと教授は言う。
気管支喘息は、ヒスタミンという黒い物質が肺に溜まることで、気管支が痙攣を起こすのだが、12日間の絶食により、この迷惑者のヒスタミンが姿を消すというのである。
ロシアにおける絶食療法の歴史も古く、およそ60年間の科学的蓄積がある。
8000人を対象にした追跡調査では、その70%もが症状が改善したと報告されており、主たる病気のほか、高血圧・関節炎・喘息・皮膚炎など他の病気も、ついでに良くなっていたとの報告も多い。
ロシア絶食療法の中心地となっているのは、シベリアの「ブリヤート共和国」。
シベリアは厳しい土地であり、質素な暮らしは当たり前。慎ましさが尊ばれるその土地柄は、絶食を受け入れられやすい素地ができていた。
※ロシアにあっても、この地域だけは絶食療法に健康保険が適用される。
ここのゴリャチンスク診療所は、「一般の病院で最善とされる治療を受けても症状が改善しなかった人たち」が、最後の救いを求めてやって来る。
バイカル湖を眺めながらの絶食生活は、まんざらでもないらしい。
「食べることを断つことで、健康になる」
そんな新しい生き方をしようとする人は、思ったよりも世界にたくさんいたようだ。
人間の身体は我々が思うよりも、もっと強いものであり、もっと質素を好むものなのかもしれない。
過剰な食物は体内を汚してしまうのか、絶食を心地良く感じるのは、その「浄化された感じ」なのだとか。
現代社会を批判する人たちは、「社会は汚れきっている」、とも口にする。
ところで、そうした人々の体内はどうか?
大きな問題は小さな問題の積み重なりであり、どんな小さな問題でも、その種は一緒であろう。
その一口を正すこと。その小さなことが、世界を正すことにもつながるのかもしれない。
奇跡が起こる「超少食」
―実践者10人の証言「超少食で難病が治った!」 (ビタミン文庫)
出典:BS世界のドキュメンタリー シリーズ
医療研究の最前線 「絶食療法の科学」
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