2012年8月29日水曜日

地震予知の代名詞たるナマズ。そのナマズの感じている微細な電波が見えてきた。


「地震は予知できるのか?」

地震大国・ニッポンにおいて、この問いは何度も浮上し、そのたびに沈んでいった。

それでも、日本人たちにとっての地震予知は、悲願でもあり渇望でもあり続ける。



江戸の日本人たちは、「ナマズ」にその助けを求めた。

「安政見聞誌」にはナマズの地震予知に関する、こんな逸話が残る。





安政の大地震(1855)の起こる数時間前、ある男は夜の川釣りを楽しんでいた。

その男の狙いはウナギである。ところが、その夜に限ってナマズがひどく騒ぐ。ナマズが騒ぐからか、ウナギはみんな逃げてしまったようだ。釣れるのは、パニクったナマズばかり。



「なんで、ナマズがこれほど暴れるのか?」と不思議に思ったその男は、ふと思い至る。

「さては、大地震か?」。

ナマズが騒ぐ時は地震があると言われていたことを思い出したのだ。



さあ、今度はその男がパニクった。

慌てて家に駆け戻るや、家財の一切を庭へと運び出す。

夜中のトンだ大騒動に、男の妻は呆れるやら、笑えるやら…。



幸か不幸か、その男のカラ騒ぎはカラ騒ぎに終わらなかった。

その数時間後である。江戸直下で巨大ナマズが大暴れしたのは。

大名屋敷は全壊多数、江戸に起こった大火災は半日以上も町を焼き続けた。マグニチュード6.9ともいわれる江戸直下の大地震。安政の大地震であった。




この大地震の直後、江戸の町には「鯰絵(なまずえ)」と呼ばれる錦絵が大流行。

その錦絵に描かれたナマズは、「鹿島大明神」にその頭を押さえつけられている。鹿島大明神が両手に抱えるは「要石(かなめいし)」。その巨大な石がナマズの動きを封じているのだ。



鹿島大明神がナマズを封じている間は、地震が起きない。

ところが、鹿島大明神は外出する時もある。たとえば、10月(神無月)には出雲まで出掛けて、神々の会合に参加しなければならない。

そんな時、鹿島大明神はナマズの押さえを「恵比寿さま」にお願いしていくのだが、どうやら恵比寿さまの押さえは鹿島大明神ほど強くはないようだ。大地震が起こるのは、決まって恵比寿さまが留守番をしている時なのだから…。



こんな神話めいたナマズと地震との関係は、単なる俗信なのであろうか?

1976~1992年の16年間、東京で飼育されていたナマズは、東京で起こった震度3以上の地震87例のうちの、27例を「10日前」に検知したという(畑井博士)。打率に直せば、3割1分だそうである。



もっと科学的に説明する人は、ナマズの「電気」に対する敏感さに言及する。

ナマズほど電気に敏感な魚も珍しく、その感覚の鋭さは人間の「100万倍」とも言われている。ナマズは数キロ先で水中に落とされた乾電池に気付くほど、電気に対しては過敏なのだそうだ。



ちなみにウナギはナマズよりももっと繊細らしく、ナマズの10倍以上の感度があるのだとも。

その点、先の安静見聞誌でウナギがいなくなっていたのは、ナマズが騒いだからではなく、ウナギはもっと先に異変を察知して退避していたとも考えられる。



ところで、地震と電気にはどんな関係があるのだろうか?

大地震というのは、突如として起こるようでいて、実は地中深くでは小さな前駆現象が発生していると考えられている。たとえば、大きく揺れる前には、地下で「小さな割れ」が幾多と生じている。

※微小岩石破壊(マイクロフラクチャ)と呼ばれるその小さな割れは、震源付近の圧力が高まるにつれて必ず起こる現象である。




地盤の圧迫、そして摩擦は「電気」を生む(圧電効果・摩擦電気)。

この電波は非常に微弱である。周波数の区分でいえば「超長波(ULF・Ultra Low Frequency)」と呼ばれる最も微(かす)かなものである。



人間には到底感知できないほどの微弱さであるが、ナマズはそれを知ることができる。ナマズは1~30Hzの低周波に敏感に反応するのである。

ナマズの感知する30Hz以下の低周波は、ELF(extremely low frequency)と呼ばれ、 電波としては最も弱い周波数である。



大地震の前の微小岩石破壊(小さな割れ)が発する微細な電波が初めて確認されたのは、1988年のスピタク地震(グルジア)。次いで、翌年のロマプリエタ地震(カリフォルニア)でも観測されている。

それ以来、地震の前には「電気」が起こる、という考えが地震予知の世界を広げていくことになる。



それまでの地震予知と言えば、大地震の前の「小さな揺れ(前震)」をいかに早く感知できるかが大きな課題とされていた。

ところが、前震をともなう地震は全体の2~3割程度と言われており、いくらそれを追い求めても、その精度の限界は明らかであった。



たとえ前震は検知できずとも、前震以前の小さな割れ(微小岩石破壊)は必ず地下で生じている。その小さな割れを知るには、それによって発生した電気を見つければよい(ナマズがそうしているように)。

さらに最近、その小さな電気はナマズのヒゲを揺らすだけでなく、上空80km以上に広がる「電離層」にも変化をもたらす可能性があることも示唆されている。

阪神淡路大震災(1995)の時、電離層の擾乱(じょうらん)が早川教授により確認されている。




「電離層(地上80~500km)」というのは、文字通り電気が離れる(電離する)層であり、具体的には原子が「電子とイオン」に分離する(プラズマ)。

※その分離するキッカケを与えるのは、太陽光による電磁波であるため、昼と夜では電離層の厚さは変化する。太陽エネルギーの強い昼間は電離層の密度が高まり、逆に夜間は薄くなる。



この電離層の特性は、電波を吸収、または反射すること。

周波数の高い電波は電離層を通り抜け、宇宙まで届き、周波数の低い電波は電離層によってすぐに跳ね返されてしまう。

各種の電波通信は、この電離層の特性を利用したものであり、跳ね返りやすい低周波は長距離回線に、透過しやすい高周波は宇宙との交信に用いられる。



昼と夜でも密度が変化するように、電離層というのは多分に可変的である。

たとえば、ひとたび巨大な太陽フレアが発生すると、地球の電離層は大きく影響を受けて変化するため、地球上の各種通信には障害が発生する(デリンジャー現象)。



早川教授によれば、大地震前に微小岩石破壊によって発生する微細な電波でも、この電離層に変化をもたらすのだという(電離層擾乱)。

彼の率いる「地震解析ラボ」では、その電離層の変化を察知するために、日本全国に設置した送受信機で絶えず電波を飛ばしており、異常があれば通信速度の変化として知ることができる。

大地震の前の電波異常は、およそ1週間前には検知されるとのこと(的中率6~7割)。地震解析ラボでは、こうした情報を一般公開しており、月額210~525円での配信サービスも行なっている(過去に発表された予測情報は、オンラインで公開中)。




先の東日本大震災においても、電離層に変化が生じたことを、アメリカのNASAが正式に発表している。

その観測結果によれば、電離層における電子の量が劇的に増加していたそうである。



こうした最新の地震予知に関しては異論も多いため、政府としても腰が重くならざるをえない。

それでも、この分野の研究は大地震が起こるたびに、大きく前進して行っているのは確かなようである。

実際の揺れを検知する時代から、今は「揺れ以前」の電気的変化を察知する時代に差し掛かりつつある。そのための人工衛星もフランスは打ち上げている(2004)。



幸か不幸か、日本の地震予知研究は世界に先んじている。

それは地震大国・ニッポンにおける苦難の歴史の恩恵でもある。



「地震は予知できない」と諦めるのは簡単であり、地震予知の研究を否定することもまた容易である。

しかし、ナマズをバカにする人がいた一方で、ナマズから電離層までたどり着いている人々がいることも忘れてはならないだろう。




じつは、冒頭の安政見聞誌には、2人の男が登場している。

一人は先に語った通り、地震前から慌てて家財一切を庭に運び出した男。

もう一人の男は、ナマズがたくさん釣れると喜んで、ひたすら釣りを続けていた。彼が大地震に気付くのは、大揺れの後。

それから慌てて家へ飛んで帰ると…、家も蔵も、すべてが崩れ去った後であった…。



ナマズが釣れたと喜ぶのか、それとも、もっと価値のある(美味しい)ウナギを追い求めるのか?

地震予知に日夜研究を重ねる人々の狙いは、明らかにウナギの方なのであろう。







出典・参考:
ナマズと地震との関係
地震解析ラボ
教訓どう生かす? 地震観測の最前線 テレビ東京WBS特集



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