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2016年12月1日木曜日

写真スタジオ Harcourt[フランス]






La photographie, c'est la vérité.
写真が真実なら

Et le cinéma, c'est 24 fois la vérité par seconde.
映画は毎秒24倍真実だ

Jean-Luc Gadard






Studio Harcourt Paris
スタジオ アルクール パリ

「ここは1900年代初頭(1934)に生まれた、フランス写真史を代表するスタジオです」

En France, on n'est pas acteur si l'on n'a pas été photographié par les Studios Harcourt.

フランスでは、このスタジオで撮影しないうちは俳優ではない。

"In France, you aren't truly an actor if you haven't been photographed by the Studios Harcourt."

Roland Barthes(ロラン・バルト)
『Mythologies(現代社会の神話)』1957



l'ombre(影)と la lumière(光)


「フランスの女優。キャロル・ブーケ(Carole Bouquet)よ。これを見ると、うちの写真の特徴がよくわかるわ。l'ombre(影)と la lumière(光)を表現しやすいモノクロ写真なの」



Photographie(写真)は『光で書く』という意味


「 Photographie(写真)は『光で書く』という意味。私たちも、光で顔を描いているの」



ろう人形を撮影した、真偽を問う作品


「これは le vrai et le faux(真偽)をテーマにした作品。ろう人形を撮影したの。世界的スター、シュワルツネッガーね。ここの写真には、自分と自分じゃない面がある真偽があって、それを楽しむの」



白黒写真用のメイクにする


「メイクに色はほとんど使いません。モノクロ写真だから。ピンクや緑ではなく、濃い紫、黒、グレーを使うの。照明も強いから、顔にキラキラ反射してダイヤモンドみたいよ」



撮影の風景


「わたしが言うことはミリ単位。動くときはちょっとだけ。すごく細かいんです」



カメラ用のフラッシュは一切つかわない。使うのは映画用の照明、約10灯。


「ここで撮るのは、写真以上の体験と記憶。Image pour l'éternité (永遠のイメージ)です。スタジオには時間の概念がなく、別世界に誘われます。誰もが後世に美しい姿を残したい。そんな『永遠の美』を表しているのです」



複数のカットから選ぶ。


「(写真を選ぶ)ポイントは、『時間を感じないこと』です」





Studio Harcourt Paris


"Leaving a trace, a glorious imprint, is the very raison d'être of the Harcourt photo."
美しい痕跡、刻印を残すことはアルクールの写真が担う使命

Francis Dagnan(フランシス・ダニャン)


スタジオ「アルクール(Harcourt)」の伝説は、1934年1月16日にはじまる。コゼット・アルクール(Cosette Harcourt)という一人の女性が立役者だ。

1930年代のパリ、スタジオ写真を学んでいたコゼットは、ジャック・ラクロワと出会う。そして設立されたスタジオ「アルクール」。その運営はコゼットに一任された。その評判はあっという間に広まり、パリ中の人々が自らの美しいポートレートを手に入れるべく、スタジオに詰めかけた。

第二次世界大戦がはじまると、コゼットはパリを離れざるをえなくなり、南仏、英国を転々とする。それでもスタジオは存続しつづけた。

フランスが解放されると、コゼットはスタジオに戻り、その後スタジオは黄金期をむかえる。ロラン・バルトが「フランスにおいて、スタジオ・アルクールで撮影をしないうちは俳優でない」と言ったのは、この頃のことである。

スタジオに翳りがみえはじめるのは、日本製の一眼レフ・カメラが登場してからだった。そんななか、1967年、コゼット・アルクールはその生涯を終える。その3年後、ジャック・ラクロワはスタジオを処分した。



以後、スタジオ・アルクールの所有者はたびたび変わってゆく。現在、フランシス・ダニャンの買い取ったスタジオは、カトリーヌ・ルナールの手によって運営されている。

Its traditions have been revived.
ふたたび伝統が重んじられることになった。

This provides crucial stability, and ensure a long-term future for the legendary Studio Harcourt, where the tradition of excellence has become a quarantee of timeless modernity.
こうして、いつまでも同じスタイルを保ち、神秘に包まれたスタジオ・アルクールの永遠性を守り続けることができた。秀逸を守る伝統は、時を超えたモダンの証しとなったのだ。

For an age, the "Harcourt Paris" label has stamped the portraits of celebrities and anonymous sitters alike with its assertive lettering, like a hieratic seal.
Harcout Paris のサインはいつでも、厳かな印章のごとく、著名人と一般顧客をとわずポートレートに威厳をもって添えられている。






出典:NHK語学 フランス語




2016年11月16日水曜日

ローマがつくった「パリ」



フランスの都パリの真ん中に、不思議な銅像が…。

「C'est la louve romaine.(ローマ時代のメス狼です)」

え? ローマ? パリなのに?

「パリをつくったのは、じつはローマ人なのです」







パリがパリになるずっと前の話、この町は「リュテス(Lutèce)」と呼ばれていた。ローマ人たちは、その頃の先住民だったパリシイ(Parisii)族を支配して集落をつくったのだった(AD1世紀)。

メス狼のミルクを飲んでる2人の赤ちゃんは、「ロームルス(Romulus)とレムス(Remus)」という双子の兄弟で、ローマの建国神話にでてくる。捨てられていたのを狼に育てられた彼らは、のちにローマ帝国を築くのである(BC753)。






ローマ時代の名残は、いまのパリにも数多く遺っている。

たとえば「リュテス円形闘技場(Arènes de Lutèce)」。ローマ時代には収容人数1万7,000人という巨大な闘技場であった(現在は公園となっている)。また、クリュニー中世美術館の建物は、ローマ時代の公衆浴場の跡である。






パリがパリとなるのは、ローマ帝国が衰退してから。

ローマの誇った円形闘技場は1210年、時の王フィリップ・オーギュスト(Phillippe Auguste)ことフリップ2世によって埋め立てられ、その上に城壁が築かれた。それはパリを外敵に守るためであり、その城壁は全長5,400mという長大なものであった。その一部は今のパリ市街にも遺されており、幅3m、高さ10mという、一部とはいえ見上げるほどの巨大さである。






その城塞の地下から、ローマ時代の円形闘技場が発掘されるのは19世紀にはいってからのこと。

古いものは朽ち果て、そしてまた守られ、また壊される。リュテス円形闘技場は、そんな歴史の荒波にさらされつづける。またしても埋め立てられそうになるのだ。こんどは都市開発のためだった。

しかし、そんな暴挙をパリの知識人たちは傍観してはいなかった。ヴィクトル・ユゴー(Victor Hugo)らは円形闘技場を守るため、市議会に訴えでた。

Il n'est pas possible que Paris, la ville de l'avenir, renonce à la preuve vivante qu'elle a été la ville du passé.
輝かしい未来の都市パリは、すばらしい過去の上に築かれた都市であります。このしるしを軽んじるべきではありません。

Le passé amène l'avenir.
過去があってこそ未来があるのです。






ローマ人たちがつくった頃のパリは、セーヌ川の中洲であるシテ島だけの小さな町だった。それが時代とともに拡張をつづけ、19世紀のころに今の大きさにまでなったという。






そうした歴史の積み重ねが、今のパリの「エスカルゴ」の形を生んだのである。






出典:旅するフランス語